Annual Review
No.9 2007.5
 リサーチダイジェスト
鉄道車両のダイナミクスに関する基礎技術の調査研究
(最近の国際会議における研究発表から)
Ⅰ.調査担当者
東京農工大学大学院 工学府 機械システム工学専攻
教授 永井 正夫    講師 道辻 洋平
Ⅱ.調査研究目的
 安心・安全で快適な交通機関の実現に向けて、台車の走行安定性解析、車体の振動解析、静粛性向上技術、乗り心地分析技術、モデリング技術の開発が行われているが、それらの基礎となる技術を中心に、最近の国際会議の発表動向を調査することを目的とした。
Ⅲ.調査実施内容
 鉄道車両のダイナミクスの基礎研究に係わる国際会議が以下に示すとおり開催されているが、それらの論文発表内容を調査することにより、近年行われている基礎研究および応用研究の動向を調査した。また特に、今後の鉄道車両の開発に当たって、重要になると思われる基本的なブレークスルー技術、マルチボディ・ダイナミクス解析手法、制御技術、及びそれらを車両開発に結び付ける設計手法、などの動向を詳しく調査した。
  具体的には最近開催された以下の国際会議で発表されたテーマについて調査した。
(1) 第19回車両運動力学国際会議、ミラノ工科大学、8.29-9.2、2005、鉄道および自動車のダイナミクスに関する理論的な研究を中心とした国際会議で、隔年開催されており、今回はミラノで開催された。
(2) 第4回高速鉄道国際会議、西南交通大学、成都、7.13-16、2006、 高速鉄道に関連して設立された国際会議であり、今回は第4回目として中国成都市で開催された。
(3) 第3回アジア多体系動力学国際会議、東大生研、8.1-4、2006、 機械力学分野における多体力学の解析に関する国際会議で、鉄道に限らず機械工学の多方面の運動、振動、モデル化手法に関する発表がなされた。
Ⅳ.調査結果概要
(1)第19回車両運動力学国際会議
 この国際会議は、隔年に開催される道路と鉄道の車両全般に関する運動力学に関する国際会議であり、世界の車両運動力学の権威が研究発表をおこなっている。主催はIAVSD(International Association for Vehicle System Dynamics)であり、今回はミラノ工科大学において、2005年 8月 29日から 9月 2日に開催された。組織委員長はミラノ工科大学教授の Mastinu教授および、Bruni教授である。
  このうち自動車・鉄道共通のセッションにおいて 15件(このうち 5件は基調講演)の口頭発表、自動車を専門としたセッションにおける口頭発表は 42件であり、鉄道車両に関する口頭発表は 37件であった。口頭発表以外にもポスター発表として自動車分野 25件、鉄道分野 21件の発表があった。これら多数の講演発表の中から、鉄道に関する研究をサーベイし整理した。
  自動車・鉄道共通セッションにおいて 5件の基調講演がなされた。このうち 3件は特に鉄道に関連するものであり、ポルトガル工科大学の Ambrosio教授は、自動車・鉄道車両の衝突解析に関する講演をおこなった。またワルシャワ工科大学の Piotrowski教授は、鉄道車両の車輪・レール間接触モデルについて基調講演を行い、特に車輪・レールの 3点以上の多点接触問題における最新の解析手法について講演があった。ハノーバー工科大学の Popp博士は、ベルリン工科大学の Knothe教授を共著者として、鉄道車両と軌道、および路盤の連成ダイナミクスを考慮した、シミュレーションを活用した長期的な予測に関する研究成果について述べている。従来の研究では、車両、乗客、軌道、および路盤は個別要素として取り扱われる傾向があったが、近年は数値解析技術の向上により、これらを連成系として統一的に取り扱うことで、より詳細な解析をおこなうという流れがひとつのトレンドになっているようである。口頭発表は、自動車・鉄道を含めて 22件の OSが企画され、特に鉄道に関連する OSとして 13件が企画された。鉄道車両に関する研究発表のうち、対象別に整理すると、
  1.自動車、鉄道の共通セッション(Common road & rail session)、15件、うち 5件が基調講演
  2.鉄道車両のアクティブ制御(Rail vehicle active control)、6件
  3.鉄道車両のダイナミクスと安定性(Rail vehicle dynamics & stability)、3件
  4.車輪・レール接触モデル(Wheel-rail contact models)、3件
  5.鉄道の振動、騒音、乗り心地(Vibration, noise & comfort(rail))、3件 
  6.分岐器(Turnouts)、3件
  7.車両の走行性能、走り装置(Running performances(rail))、3件
  8.車両の曲線通過(Rail vehicle curving)、3件
  9.パンタグラフ(Pantograph)、3件
  10.車両の安全性(Rail vehicle ride safety)、3件
  11.車両ダイナミクスと転がり接触疲労(Rail vehicle dynamics & Rolling Contact Fatigue)、3件
  12.台上試験装置(Test stands (rail))、3件
  13.車両と軌道の相互作用 (Train-track interaction)、3件
と細分化されて講演がなされている。詳細は報告書に記載するが、その一部について述べる。1の自動車・鉄道共通セッションにおいては、操舵台車において著名な Wickens博士(現在は Loughborough大学教授)がパッシブ方式、アクティブ方式の操舵台車について、過去の研究を整理しながら、新たな可能性と展望に関する講演を行った。また、永井らは、本セッションにおいて、鉄道車両の腰掛、乗客の連成ダイナミクスという観点から振動特性をあらわすモデル化をおこない、解析と実験によって連成振動特性を明らかにした。また、2の鉄道車両のアクティブ制御においては、東京農工大道辻、東大生研須田教授らが考案した、独立回転車輪を用いた新たな操舵台車の構造、および制御手法に関する提案がなされている。また、須田教授らが考案した空気ばね系の新しい制御システムについても、台上実験結果を含めた報告がなされている。そのほかにも、今回の報告ではパンタグラフ-架線の連成ダイナミクスなど、従来ではモデル化が難しかった対象について、数値解析と実験結果をあわせた報告内容がみられた。また、接触問題の数値解析手法についても多数の報告と提案があった。今後は、徐々に成熟しつつある、要素ごとの数値解析技術から、路盤・軌道・車両・乗客の連成を考慮した、統合的な解析が研究課題になると考えられる。
  なお、テクニカルビジットでは、ミラノ工科大学の風洞実験装置、パンタグラフ架線系の試験装置などの見学をおこなった。

(2)第4回高速鉄道国際会議 STECH2006
 この国際会議は高速鉄道に関する国際会議として日本機械学会主催で、井口教授を組織委員長として1993年に横浜で第1回を開催した。その3年後の1996年に英国のバーミングハムで第2回を開催した。その後しばらく開催されなかったが、日本機械学会交通物流部門の国際会議として再スタートすることとして、第3回は高速化だけではなく都市鉄道やサービスを含めた国際会議として、2003年に東京の東京農工大学で永井教授を組織委員長として開催した。その後 3年毎に開催することとして、第4回はSTECH 2006として、中国の成都にある西南交通大学で 2006年 7月 13日から 16日にかけて開催された。会議の正式名称は、International Symposium on Speed-up and Service Technology for Railway and MAGLEV Systemsである。ちなみに第5回は、2009年に新潟大学で谷藤教授を組織委員長として開催することが決定している。
 第4回の研究論文発表の件数は一般が 44件であり、基調講演は3件であった。参加国別に見ると、主催国の中国が 17件、日本 18件、韓国 3件、ドイツ 2件、ロシア 2件、英国 1件、スウェーデン 1件、であった。会議開催の準備不足のためか日中以外からの参加者が少なかったのは残念であった。
 基調講演の第一は、主催者を代表して組織委員長であり西南交通大学教授であるシェン教授が「高速鉄道を取り巻く環境とそのインパクト」と題して、最近の中国の事情を紹介した。とくに上海における磁気浮上鉄道の延長に関して、在来式高速鉄道との比較をしていた点がホットな話題として注目された。基調講演の第二は、日本から日本機械学会を代表して東大生研の須田教授が「魅力的な鉄道システムに向けた産学共同研究」と題して、最近まで取り組んできた共同研究について紹介していた。最近国立大学の法人化がなされ、より積極的な産学連携が叫ばれており、今後はより一層基礎研究の部分と実システムの開発を結び付けてより斬新な車両開発に結びつくことを期待したい。基調講演の第三は、ヨーロッパを代表して英国 Loughborough大学の Goodall教授が「鉄道車両支持系の制御とモニタリング」と題して、機械的な鉄道台車・車体の電子制御化、すなわちメカトロニック・ビークル化により走行安定性や乗り心地がどのように向上するかといった制御論的な講演をおこない、ロバスト性や信頼性との兼ね合いを踏まえた開発が重要であると講演を結んでいる。鉄道車両のメカトロ化の流れは自動車に比べてゆっくりではあるが着実に進んでおり、メンテナンスやモニタリングの重要性がますます高まると予想される。
 一般の研究発表に関しては、参加国の構成から 8割は日本と中国からの発表であり、国の研究開発状況を反映したものとなっている。日本に関していえば J-Railや交通物流部門大会での発表を中心とした内容であり、中国からの発表に関していえば西南交通大学の研究所(Traction Power State Key Laboratory)を始めとして大学からの基礎研究が中心の発表内容であった。

(3)第3回アジア多体系動力学会議
  この国際会議は、機械力学分野における多体系動力学の解析に関する国際会議で、鉄道に限らず機械工学の多方面の運動、振動に関する発表がなされる。第1回は 2002年、日本機械学会の主催で、いわき明星大学の清水教授を組織委員長として福島県いわき市において開催された。第2回は、その 2年後の 2004年に韓国機械学会の主催により、プサン国立大学のワンサック・ユー教授を組織委員長としてソウル市において開催された。第3回は、2年後の 2006年において、再び日本機械学会主催で、東大生研の須田教授を組織委員長として開催された。第3回アジア多体系動力学会議(Asian Conference on Multibody Dynamics 2006)の開催期間は 2006年8月1日~4日であった。今回の参加者は、175名と過去最高の参加者となり、そのうち 95名が日本以外からの参加者であった。 基調講演は、ポルトガル工科大学の Ambrosio教授の「自動車・鉄道の衝突解析」である。多体系動力学解析により、効率よく精密なモデルを構築し、衝突・衝撃解析に役立てるシミュレーション技術に関する講演である。 鉄道関係のセッションである鉄道システムへの応用(Application to Railroad System)においては、MBS解析の鉄道分野における応用事例 6件が報告された。従来まで、マルチボディ・ダイナミクスの講演においてはシミュレーション結果、数値解析の理論にとどまる内容が多かった。しかしながら、今回は多くの発表が、数値解析における新たな要素モデル化手法の提案にとどまらず、実験結果の検証までふみこんだ内容が多数を占めた。たとえば、鉄道システムへの応用 6件のうち 4件について紹介すると、アクティブ操舵制御における制御系と台車系のモデル化、摩擦調整剤の車輪・レールクリープ特性のモデル化手法、パンタグラフ-カテナリー系の相互作用のモデル化、脱線ダイナミクスのモデル化における発表であり、いずれも数値解析のみでなく実験結果とあわせた内容であった。マルチボディ・ダイナミクスにおける従来の多くの研究報告は、モデル化に関する数値解析理論といった基礎理論が多かったが、近年は実験結果を実証するための数値解析というふうに、着実に応用段階へとシフトしつつあるようにおもわれる。今後もこういった応用段階の研究発表が増えると考えられる。その他のセッションにおいて、接触問題、衝突問題、摩擦問題、柔軟体問題でも、鉄道に関連する基礎研究の講演がみられた。
Ⅴ.あとがき
 詳細に関しては別途調査報告書に記述するが、今回調査研究の機会を与えてくださった関係者の方々に謝意を表します。