明星大学理工学部機械工学科 宮本 昌幸
1.目的
鉄道の安全については,長らく『いかに事故を起さないか』に主眼を置いて研究がなされてきた。その結 果鉄道は他の乗り物と較べて格段に安全な乗り物となっている。しかし、事故を完全に無くすのは難しく、ある程度の確率のもとに事故は実際起きている。兵庫県南部地震は幸いにも6時前におこり、新幹線
はまだ走行していなかったが、在来線の列車には脱線、転覆が生じた。より速度の速い新幹線の場合には状況によっては重大事故に発展する可能性も予想される。
そこで、事故が起きた時に被害が拡大しないようにするにはどうすれば良いかとの視点も重要である。 現在にいたるまで、脱線、転覆事故に関して、このような視点からの研究はほとんど行われてきていな
い。そこで本研究では、
(1) 過去の脱線、転覆事故の調査
(2) 模型実験による脱線後の事故形態に及ぼす車両、地上設備の影響の検討
(3) 計算機シミュレーションによる脱線後の事故形態に及ぼす車両、地上設備の影響の検討
の面からの調査、検討を2年計画で進める。
具体的イメージの例としては、ボギー車両と連接車両で脱線後の事故拡大に差があるのか、トンネル、ホーム進入直前に脱線した列車をトンネル、ホームの壁面に激突させず、比較的軽微な損傷でトンネルや
ホームへ導く鉄道版ガードレールの可能性、効果の推定などを念頭においている。
今年度は予備的位置付けとして(1) (2) の一部について調査、検討を実施した。
2.過去の脱線、転覆事故の調査
過去の脱線、転覆事故において、列車はどのような形態に座屈、転倒し、どのような被害があったかを調査することにより、車両構造、軌道構造、地上設備構造などの諸要因と事故被害の大きさとの関連の一
端を知ることができると考えた。
比較的最近の国内脱線、転覆事故16件、外国での事故12件について、主として朝日新聞、日経新聞記事をもとに、発生年月日、場所、列車形態、事故形態、事故時写真の統一フォーマットでまとめた。
まだ結論を得るほどの事故事例の蓄積ができていないので、今後も引き続き事故事例調査を積み重ねていきたい。
3.模型実験による脱線後の事故形態の検討
鉄道は安全な乗り物であることもあり事故事例は多くない。そこで、車両の諸元、軌道構造、地上設備などの諸要因と事故被害の関連を調べる一手段として、比較的自由に諸要因を設定できる模型実験による検討も行うこととした。
模型実験結果を実際の車両に翻訳するには、相似則等論理的な裏づけも必要となるが、今年度は模型実験がこのような検討の手段となり得るかを見極めるための予備的検討と位置付けた。用いた車両はHOゲージ車両で、傾斜部から走行させ水平部に設けた、脱線レールにより脱線させ、その後の列車の運動を観察した。
3.1 実験装置
本実験で使用する転送台は、車両を高低差により惰性で走行させる傾斜部(高さ310mm、全長1830mm)と、傾斜部から走行してきた車両の挙動を調べるための平坦部(全長1970mm)で構成され、その上にレール幅17mmのレールと脱線装置(以下脱線レールと呼ぶ)があり、脱線レールから進行方向800mm地点に路線変更の分岐器を設置している。分岐器は直進するように設定され、分岐器より先には400mmのそれぞれ直線レールが2本敷かれている。
脱線レールは、進行方向長さ95mmの間を進行右に左右2本のレール共に約6mmU字型に歪めた歪みレールと、左側のレールのみを切り離し、先端8mmを上方向に3.4mm、進行方向右に1.1mm曲げた乗り上げレールを使用する。
3.2 実験方法
傾斜部から2両編成、3両編成のHOゲージ2軸ボギー鉄道車両模型を低速(0.5m/s、1.0m/s)、高速(1.5m/s、2.0m/s)の4速度で走行させ、ビデオカメラでその映像を撮影するとともに、脱線レールを計測開始地点とした車両の進行距離、停止後の車両各車輪のレールからの左右方向ずれを測定した。
進行方向右側に車輪が脱線した場合をプラスとし、左側に車輪が脱線した場合はマイナスとした。分岐器以降では直線部のレールからの左右方向ずれを計測した。
上記の実験を走行速度、編成車両数、脱線レール、連結器、道床と路面の高低差(レール下面とレール近傍の高低差)、路面の摩擦係数を変えて行った。
3.3 試験条件
3.3.1 連結器について
連結器は車両間の挙動を双方に伝える。その連結器が挙動を伝える場合と伝えない場合で当然車両の動きに変化が生じると予想される。そこで車両のロールがしっかりと伝わる一体型連結器、ロールする際にある程度の遊びがあり、ある荷重以上では分離する分離型連結器、車両のロールが伝わらない紐連結器を作製した。
(1) 一体型連結器
幅9mm、長さ30mm、厚さ1.5mmのプラスチック板とクリップをそれぞれ2個使用した。
(2) 分離型連結器
分離型連結器は2枚のプラスチック板を重ねたものを二つに分け、下部に磁石を設置した。連結する部分に直径1mmの穴を開け、そこに0.5mmのシャープペンの芯を入れて連結することにより、ある荷重以上では分離するようにした。今回は固さHB、太さ0.5mmのシャーペンの芯を使用した。
(3) 紐連結器
ロールモーメントを全く伝えない車両間を紐で結合した連結器である。
3.3.2 道床の高低差について
線路を構造するレール、まくら木、道床、路盤のうちで、(A)コンクリートの路面上に線路を設置したことを想定し、路面に薄いプラ板を敷いた場合。(B)路盤をコンクリートの路面内に埋めて道床とコンクリートの路面の高低差を無くしたことを想定し、線路の周りを板で埋めて上に薄いプラ板を貼り付けた場合。の2種類の条件を設定した。
3.3.3 路面摩擦係数
道床と路面に高低差がある状態で、(A)摩擦の低いコンクリートを想定して薄いプラスチック板を路面に設置した場合。(B)摩擦の高い砂利を想定して滑り止めマットを路面に設置した場合。の2種類の条件を設定した。
3.4 実験結果
3.4.1 走行速度の影響
約0.4m/sで脱線を開始し、約1.4m/sで全軸脱線を開始し、約1.7m/sで横転が起こり始めた。走行速度が高いほど大きな被害が生じることが改めて確認された。
3.4.2 編成両数の影響
低速の場合、2両編成では先頭台車の1軸、2軸が脱線する場合が多いのに対し、3両編成では1軸のみが脱線する場合が多かったが、その理由を明確にはできなかった。一体連結器の場合、走行速度を上げていくと3両編成のほうが後続車両の先頭車両への横転防止効果が大きく,2両編成のほうが低い速度で横転するようになる。
3.4.3 脱線レールの違いの影響
乗り上げレールの場合、左側車輪が持ち上げられ右に振られる構造なので、量は大きいが平面的な狂いの歪みレールの場合よりは、ローリングを誘発しやすく高速時に横転を起こすことが多かった。
歪みレールで横転しない場合に、軌道を外れ路盤の傾斜部や路面に進入した後、分岐器分岐側レールの傾斜部を上り、軌道上に戻って来る場合が多かった。このように分岐器は脱線後の列車の運動に大きな影響を与える。
3.4.4 連結器の違いによる影響
紐連結器の場合、車両間にロール運動を伝えないため、各車両独立した動きをする場合が多く、高速時においては全て横転してしまった。
逆に一体型の連結器の場合はロール運動を強く伝えるため、先頭車両の転倒防止効果があるものの、いったん先頭車両が横転した場合は残りの車両も巻き込まれて横転してしまう場合が多かった。
ロール角に遊びのある分離型連結器では、結果的に比較的適切なロールモーメント伝達特性になっていたためか、一体型連結器に比べ横転することが少なく、車輪の左右ずれ量も少なかった。横転した場合には連結器が分離する場合もあった。
3.4.5 道床と路面の高低差の影響
高低差の無い場合は高低差がある場合と比べると、走行抵抗が減り模型の進行距離が全体的に伸びた。段差が無いので高速時にも横転することは無く、斜めに走行し軌道を大きく外れる場合もあった。
3.4.6 路面の摩擦係数の影響
路面の摩擦係数の高い場合、車輪側の摩擦抵抗力が大きくつんのめる感じで横転することが多い。横転しない時は摩擦が低い場合と比べて進行距離が若干短くなった。
路面の摩擦が低い時は車両が横転した後横滑りして路線から離れていった。それに対し摩擦の大きい場合横転後にあまり移動せず横転付近で激しく揺れている。
すぐの横転を免れて脱線したまま長く進行した場合には、摩擦の有無に影響をあまり受けずに路線のすぐ脇で横転することが多い。
4.まとめ
車両の諸元、軌道構造、地上設備などの諸要因と事故被害の関連を調べる一手段として、比較的自由に諸要因を設定できる模型実験による予備的検討を行ない、走行速度、編成車両数、脱線レール種類、連結器種類、道床と路面の高低差、路面の摩擦係数などが脱線後の列車事故形態に与える影響の一端を知ることができた。
来年度は本年度の成果をもとに、事故調査範囲の拡大、模型実験の深度化、計算機シミュレーションによる検討を行なっていきたい。