No.4 2002.5
リサーチダイジェスト
地域交通環境が高齢住民の
生活意識に及ぼす影響
立教大学 芳賀 繁 大谷 華
1. はじめに
高齢社会を迎え、地域の高齢者の生活行動も多様化している。交通手段の利用の視点から、地域への愛着を育み、生活満足を促す生活行動パターンをさぐりたい。自分自身が移動して見聞きすることは、環境を自分なりに構造化し、愛着や評価の形成を助けるだろう。その場合,どのような交通手段の利用が環境愛着と関連しているのか、交通手段の選択に関わる要因は何か、地域交通環境の違いによる影響があるか、などについて検討した。
2. 調査
【対象】東京都荒川区、江戸川区、世田谷区で、路面電車(都電荒川線、東急世田谷線)沿線の駅から半径約 500メートル以内、および地下鉄駅からバスを利用できる半径約 1キロメートル以内の地域で、地元商店街に徒歩で行ける範囲に住む 65歳以上の高齢者を無作為抽出し、質問紙を送付し、回答後、返送してもらった(付録地図参照)。この3区は、住宅面積、世帯人員数ともに東京都特別区内の中位に位置している。コミュニティの人口構成は、老年比率が荒川区 19.4%、江戸川区 12.2%、世田谷区 15.5%(特別区全体 16.2%)である。荒川区は老年・中年層が多く、39歳以下の成年・若年世代が少ない。江戸川区は老年層が少なく、成年・若年世代が多い。世田谷区は中年層(40~64歳)の比率が少ないものの、バランスのよい年齢構成である。
質問紙の配布数は 728、有効回答数 150(回答率20.6%)、有効回答者の平均年齢は 73.2歳(SD6.2歳)、うち前期高齢者(65~74歳)59.7%、後期高齢者(75歳以上)40.3%であった。また、性比は男性 47.7%、女性 52.3%であった。
【質問紙】
・住宅関連 5項目(形態、面積、地域居住年数、他)
・家愛着関連 16項目、地域愛着関連25項目、生活満足度5項目(以上 5件法)、主観的幸福感 17 項目(高齢者モラール尺度、2件法)、
・外出行動 28項目(買物、通院、趣味、地域交流、友人交流、宗教活動・ボランティア、その他の 7種の外出について、頻度、手段、距離、同伴者を回答)
・属性 9項目(主観的健康状態、経済状態、同居状況、年齢、性別)
3. 分析と結果
3.1 地域愛着の潜在構造モデル
地域愛着関連項目を因子分析し、抽出された因子に基づいて共分散構造分析を行なった。得られた地域愛着の潜在構造モデルを図1に示す。
図1 地域愛着の潜在構造モデル
まず、地域愛着関連項目(リッカート尺度、5件法)に探索的因子分析を行なったところ、4因子、「I 地域感情」「II 交流尊重」「III 利便評価」および「IV 低不満」が抽出された(最尤法、プロマックス回転、寄与率 60.3%)。「I 地域感情」については、さらに下位の 3因子、「I-1 場所愛着」「I-2 関与愛着」「I-3 我が町感」が抽出された(最尤法、プロマックス回転、寄与率 74.4%)。
「I 地域感情」とは、人々が自分の住んでいる地域に対して抱いている態度のうち、情動的な要素を指している。その内容は、「このまちを歩くのは気持ちよい」「雰囲気や土地柄が気に入っている」といった場所自体を好ましいと感じる「I-1 場所愛着」、「まちに思い出がある」「まちに自分の居場所がある気がする」といった町に自分が関与していると感じる「I-2 関与愛着」、「‘自分のまち’という感じがする」「このまちが好きだ」あるいは永住希望といった「I-3 我が町感」からなる。
「II 交流尊重」は、「地元の人間関係を大切にしている」という項目に代表される、コミュニティに対する態度を示す。「III 利便評価」は、「交通の便がよい」「地元の商店街をよく利用する」といった利便性評価を示す。
「IV 低不満」は、内容はコミュニティに対する態度、利便性評価の双方を含むが、質問文が否定的態度を示す項目が寄与する因子である(例「近所づきあいは負担だ」「もっと便利な地域に住みたい」)。つまり、地域に対する何らかの不満を表明する場合に高得点となる項目群であったため、集計時に得点の高低を逆転させた。ゆえに、この因子の得点が高いほど、不満の表明の度合いが低いことを示す。なお、因子II と因子IV にともに負荷していた 3項目は因子の信頼性を勘案し、因子に寄与するものとした。各因子のα係数を表1にあげる。
因子I~IV を用いて、共分散構造分析を行なったところ、図1 の標準化解を得た。このモデルは、適合度指標 RMSEA が 0.076 で適合はよいと思われるが、χ二乗検定による確率が 0.000 なので、5%水準で「データ=モデル」の仮説は棄却されてしまう。しかし、因子に寄与する項目得点の平均をもって要約した観測変数としたモデルで当てはまりを検討したところ、よい適合をみることができた(図2)。よって、このモデルを採用する。
図2 要約した観測変数による地域愛着の構造モデル
(標準化解)
モデルを解釈する。居住地域への愛着は、場所としての地域に対する感情(地域感情)、地域コミュニティに対する態度(交流尊重)、地域の利便性評価(利便評価)、地域に関する不満の表出(低不満)という側面から考えることができる。地域に好感情を持っているとコミュニティを尊重する態度が高まり、コミュニティ尊重の態度は地域への好感情を増加させるという、双方向の効果がみられる。利便性評価においても、地域への好感情は利便性評価を高め、高い利便性評価は地域への好感情を増加させる。また、地域への好感情は不満の表出を抑える。コミュニティを尊重する態度は利便性評価を高めるとともに不満の表出を抑える効果がある。なお、具体的な場所への愛着、自分の関与に基づく愛着、所属や時間的展望を含む我が町感は、地域感情を説明する以外の誤差分散においても相互に共変動をもつ。
地域愛着の潜在構造モデルをもとに、各因子に相当する要約した観測変数の得点を回答者の愛着因子得点とし、分析 3.3 に用いた。
3.2 高齢者の外出行動
日常の買物、通院、友達との交流は地域のかなりの高齢者がおこなっていたが、地域のつきあいや宗教活動・ボランティアには参加率が低かった(図3)。
交通手段の利用率をみると、81.1% の人がなんらかの目的のために徒歩で外出していたほか、バス、自転車、電車の順で利用されていた(図4)。徒歩による外出しかしないという人は少なく、他の交通手段も利用していた。また、バス、路面電車、電車の利用者は、目的に応じてこれら3種の交通手段を組み合わせて利用していた。
外出目的に応じた交通機関の使い分けをみると、日常の買物や地域のつきあいでは自転車が活躍していた。電車は友達との交流場面で顕著に利用されていたほか、通院時の利用も目立った。
図3 外出目的と参加率 |
図4 交通手段の利用率(複数回答) |
3.3 主に利用する交通手段と地域愛着の関連
どの交通手段をどの程度利用しているか(複数回答)から回答者を最頻利用交通手段によるグループ分けをし、主に利用する交通手段と属性および地域愛着因子との関連を検討した。徒歩による外出はほとんどの人が行なっているので利用頻度の分析からは外した。また、最頻利用手段が複数あるケースはグループ化から除いた。主に利用する交通手段では、自転車利用が最も多く、続いてバス、電車、自家用車、路面電車の順であった(表2)。
属性ごとに主に利用する交通手段群間で分散分析を行なったところ、性別、主観的健康度と居住区で有意差(危険率 5%)がみられた。男性では自転車、自家用車の利用が多く、女性ではバス、路面電車がよく利用されていた(図5)。また健康な人は自転車、自家用車、電車をよく利用し、健康状態に不安のある人では主としてバス、路面電車を利用するか、外出は徒歩のみであった(図6)。
荒川区では自転車、路面電車の利用が顕著だった。江戸川区では自転車と自家用車の利用率が高く、徒歩で外出をすませる人はみられなかった(路面電車はない)。世田谷区では自転車、路面電車の利用は少なく、バス利用が顕著だった(図7)。
自転車や路面電車を主に利用する人には買物、通院などで頻繁に外出する人が多く、あまり外出しない人はバスを利用するか、自家用車あるいは徒歩による外出が多い傾向がみられた(F=1.93, df=5,87, p<0.1)。
利用交通手段別の群間で、地域感情に関わる「我が町感」「場所愛着」「関与愛着」および地域評価に関わる「交流尊重」「利便評価」「低不満」の6因子の得点を比較した。路面電車群、自動車群はほぼすべての因子で高得点を示し、バス群、電車群は低得点だった(図8)。
図5 主に利用する交通手段(男女別)
図6 主に利用する交通手段(主観的健康度別)
図7 主に利用する交通手段(地域別)
図8 地域愛着因子の平均値
4. 考察
各交通手段を主として利用している人たちのプロフィールを描き出してみよう(表3参照)。
路面電車の利用者は、平均年齢が 77.0歳、主観的健康状態が 0.36、生活満足度 17.55、主観的幸福感は 7.55と、6群中最低である。つまり、路面電車を利用しているのは後期高齢者あるいは健康の思わしくない人が中心であり、生活満足度、主観的幸福感ともに低い。しかし、路面電車群は、高い地域への愛着を示しており、とくに「お気に入りの場所がある」「このまちを歩くのは気持ちがよい」といった項目から構成される場所愛着得点は顕著に高い。健康状態、生活満足度、主観的幸福感が良好なほど愛着因子が高い傾向を考慮すると、高齢で健康に不安のある人たちが高い地域愛着を維持するうえで、路面電車を利用した生活行動が役立っているといえよう。居住区別では、荒川区では路面電車が自転車に次ぐ住民の足として機能しているが、世田谷区ではあまり活用されていない。
主として電車を利用している人たちは、平均年齢 70.6歳、主観的健康状態 0.95、生活満足度 18.33、主観的幸福感 11.47 であった。前期高齢者であり、健康状態もよい。調査地域では電車にアクセスするために何らかの交通手段を必要とするという交通環境にあるので、当然ながら電車を利用した外出は比較的遠距離となる。また、他の交通手段に比べ、有職者が多く利用している。電車群の地域感情得点が低いことは、これらの人たちは居住地域にとどまらない広い生活空間を有していることと関連していると考えられる。
次に、自転車利用群をとりあげよう。自転車は高齢者の 36.5% が利用している重要な地域社会の「足」である。自転車群の平均年齢は 72.2歳、主観的健康状態 0.88、生活満足度 20.24、主観的幸福感 12.97で、70歳代前半までの、心身ともに健康な利用者像が描けよう。自転車は男性の利用者が多く、また荒川区、江戸川区ではよく利用されているが、世田谷区での利用率はやや低い。自転車群に特徴的なのは、地域愛着因子得点が 6因子とも全体の平均よりも高いことである。地域愛着因子得点にほぼ性差がなく、年齢の影響も高齢のほうが愛着が強まることを考慮すると、自転車を利用するという生活行動と地域への愛着の高さに関連が認められる。
対照的ともいえるのが、バス利用群である。バスは 41.9% の高齢者が利用しているなじみ深い交通手段であり、とくに女性と健康に不安のある人の利用率が高い。バス群の平均年齢は 72.9歳、主観的健康状態 0.68、生活満足度 18.90、主観的幸福感 10.75 で、利用者のプロフィールは前期高齢者を中心とする、心身の健康度は中位の人たちである。居住区別では、世田谷区では主としてバス利用という人が 4割近いが、荒川区では 1割未満である。バス群に特徴的な点は、地域愛着因子得点が 6因子とも全体の平均よりも低いことである。居住区の影響は、地域感情にはなく、交流尊重・利便評価の2因子で荒川区が高く、江戸川区が低いという点に表れているので、バス群については無視してよい。バス利用は地域への愛着を支える生活行動とはいえない。
交通手段の選択と地域愛着の関連を総括すると、電車は活動性の高い人に選ばれる交通手段であり、地域愛着には直結しない。自転車は比較的健康な高齢者に好まれる重要な地域の足であり、地域愛着を支える機能が考えられる。より高齢で健康に不安を抱える人たちに利用しやすい交通手段である路面電車も、自転車と同様に、地域愛着を支えていると思われる。しかし、最もなじみのあるバス利用は地域愛着には寄与しない。
今回得られた知見をふまえて、今後の地域交通環境を考えてみよう。かつては都市の交通手段の一翼を担っていた路面電車は、自動車交通量の爆発的な増加と競合的関係に陥り、現在では稀有な存在となっている。また、高齢者の自転車利用は、自身の身体能力、認知能力の過信や経験による思い込みからしばしば不安全行動が指摘される。これら2つの交通手段は、経済性、効率性において有利とはいいがたいが、高齢者にとってコントローラビリティに富み、自発性を生かせる身体移動の手段であり、個人の心理的安寧に寄与するところは大きいといえよう。経済性、効率性に偏らない住みやすさを備えたまちづくりのために、自転車や路面電車の利用しやすい地域交通環境の整備は一考に価しよう。
付録地図1 調査対象地域:荒川区
付録地図2 調査対象地域:江戸川区
付録地図3 調査対象地域:世田谷区