「WPC処理により表面改質した浸炭鋼の疲労破壊機構の解明」
慶応義塾大学理工学部機械工学科教授 清水 真佐男
(1)緒言
近年、世界的規模で進められている鉄道の高速化にもない、それを構成する材料には以前にも増して軽量化、高強度化が求められている。現在、このようなニーズに対して様々な手法が検討されているが、車軸等の部品における耐摩耗性、耐疲労性の向上のためには表面改質処理が有効である。近年開発された Wide Peening Cleaning (MPC) 処理も表面改質技術の一つとして注目されている。WPC処理の原理はノズル式ショットピーニング処理とほぼ同じであるが、ショットピーニング処理よりも高硬度、小粒径の球をより高速度で材料表面に打ち付けて表面改質を測る処理法である。
WPC処理を施した機械部品には、従来のショットピーニング処理品よりも大幅な疲労特性および摩擦・摩耗特性の改善がもたらされるといわれており、数多くの機械部品に使用されつつある。また WPC処理によって従来のショットピーニングよりも高疲労度が発現する要因としては、ショット粒が高速度で材料表面に衝突することによって残留オーステナイトをより多くマルテンサイト化する効果や加工時の熱による自己焼入れによる高硬度化など様々な推測がなされている。しかし、WPC処理に関する研究報告はわずかであり、WPC処理を施した材料の疲労特性および材料強度機構についてはほとんど明らかにされていない。
そこで、本研究では WPC処理による疲労強度向上機構を明らかにすることを目的とし、WPC処理に関する調査および疲労特性に関する検討を行った。
(2) WPC処理に関する調査報告
疲労強度に及ぼす WPC処理の影響に関する報告は講演論文が数件のみ(1)-(3) であり、詳細な疲労特性、強化機構は未だ明らかにされておらず、特にショット粒の小粒径化、高速度化、高硬度化に対していかなる影響を与えているかは全く不明である。そこで、従来のショットピーニング処理における各種処理条件の材料特性に及ぼす影響の報告から WPC処理による疲労強度の向上機構および強化機構の検討を行った。
従来のショットピーニングでは処理によって材料表面に付与される残留応力分布が材料の疲労強度向上に最も重要な因子であると考えられている。例えば、残留応力分布(最大値深さ、最大値など)により疲労寿命特性が大きく変化することが報告されている(4)-(11)。これは残留応力が平均応力として働き、疲労強度を向上させること、特に疲労強度の向上には最大圧縮残留応力の位置が浅いほどき裂進展を抑制すると考えられている(12)-(16)。しかしながらショットピーニングでは処理条件によって残留応力分布が大きく変化する。そのため、残留応力分布におよおすショット条件(ショットの投射速度、粒径、硬さ、衝突角度、被投射材の硬さ、残留オーステナイト、初期残留応力など)の影響および残留応力の形成機構を明らかにするために数多くの研究がなされている。
実験的にショット条件と残留応力分布の関係を求めた報告は数多くあるが、報告ごとにその関係は異なり、統一見解が存在しないのが現状である(17)-(24)。唯一の統一見解はショット粒径を小さくすることにより、残留応力の最大値の位置が浅くなることである。そのため、WPC処理で最表面付近に残留応力の最大値が形成されるのは小粒径のショットを用いるためと考えられるが、高速、小粒径、高硬度のショット粒で高圧縮残留応力が生成される要因については不明である。
一方、このようなショット粒の衝突による残留応力の形成機構および残留応力の分布の予測について解析的なアプローチ(弾塑性解析、ソースストレスの概念を用いた解析)がいくつか試みられている(25)-(33)。しかし、計算値が実験値と大きく異なることや、実験値(処理による反り量)を使用して残留応力分布を算出することなど、残留応力分布におよぼす速度の影響やショット粒径の影響を検討することが現段階では困難なため、WPC処理による高圧縮残留応力の形成機構(条件)について解析的な検討が現状では行うことができない。
WPC処理のもう一つの特徴である硬さの向上についても、その機構はほとんど検討がされていないが、WPC処理材の表面組織からショット粒の高速衝突による焼入れ効果が推察されている(34)。
このように、WPCの顕著な材料強化機構は明らかにされておらず、WPC処理材のさらなる高強度化、高信頼性化を図る上で、より詳細な実験および解析による検討が必要と考えられる。
(3) ハイブリッド処理(浸炭+WPC)材の疲労特性に関する実験
WPC処理を施した材料(SCM420H鋼)の疲労特性を検討するために、浸炭材を用いて疲労試験を行った。その際、比較として従来のショットピーニング処理材の疲労試験も併せて行った。疲労試験の結果、WPC処理材の疲労強度は従来のショットピーニング材と比較して、25%以上の大幅な向上がみられることが明らかとなった(図1)。これは表1に示すように WPC材の表面には、従来のショットピーニング材よりも高圧縮残留応力の表面層が形成されるためと考えられる。
Table.1 Vickers hardness and residual stress on the surface
Surface hardness | Surface residual stress(MPa) | |
WPC | 1100 | -1300 |
shot peening | 1100 | -815 |
(4) 今後の課題
(a) | 浸炭処理と WPC処理を組み合わせたハイブリッド処理に関して、残留オーステナイトの疲労特性におよぼす影響を明らかにする必要がある。 |
(b) | WPC処理によってもたらされる高硬度・高圧縮残留応力の形成機構について、実験および解析の両面から一層の検討を行う必要がある。 |